草原の風(下) 宮城谷昌光


草原の風(下) (中公文庫)草原の風(下) (中公文庫)
(2013/11/22)
宮城谷 昌光

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<あらすじ>
王郎の勢力拡大により劉秀とその配下たちは窮地に陥る。だが、劉秀の才と徳を慕って、次々と新たな人材が集まり次第に劉秀は勢力を拡大していく。そして、王郎を倒し河北を手にした劉秀たちは天下統一のために中原の戦いに挑んだ。


下巻は最終巻、劉秀と王郎の河北を賭けた戦いと、劉秀の天下統一への戦いを書いた巻となっております。

劉秀は勢力を拡大化させ、それとともに優秀な人材も手に入れます。その中の人材だと呉漢、耿純といった人物が個人的に目を引きました。特に光武帝配下でも有名な呉漢は凄まじい暴れっぷり。若干ダイジェスト気味なのに、名将ぶりが光ります。
対してそこまで有名でない耿純はいぶし銀な活躍がカッコイイです。
序盤から劉秀とその配下達の活躍に胸躍らされます。

そしてついに王郎を倒し劉秀は河北を平定。
しかし、今度は劉秀の勢力を削ごうと暗躍する更始帝から派遣された者たちや内部の反乱軍との戦いが待ってた。
そういった問題を片付けている間に更始帝が赤眉軍に大敗したという報せが劉秀の元にやってくる。
更始帝政権は崩壊し、中原の各地で群雄が割拠している状態に配下達は劉秀に皇帝になるように進言する。
劉秀は固辞するが、そこで懐かしの人物が登場。
長安で留学していた時の変わりものの同門、彊華がなんと劉秀が皇帝になるという事が書かれた預言書を持ったやってきたのだ。
あの人物をここで持ってくるのかと感心します。調べたら彊華は史実の人物であり、預言書を持ってくる事まで書かれているとか。だから、学生時代に彼との絡みがあったのねと二度感心します。

そこで、ついに劉秀は皇帝になり、天下統一のための戦いへと乗り出すわけですが。
他の宮城谷作品にもよくある事で、ダイジェストで話が進んでいきます。
光武帝の戦記ものとしてはもっと詳しく書いて欲しかったとも思うけど、『草原の風』という作品としてはこれでも良かったんじゃないかなと自分は思います。
何故なら、皇帝となってからの話は天下統一のための戦いがメインでは無く、あのパッとしなかった劉秀が立派な人物となり、懐かしの人物たちと再会していく事がメインだと思うからです。
皇帝となる時の彊華との再会もその一つで、その後は運命の人である陰麗華をはじめ、上巻で登場した大成する前の劉秀たちに縁のある人と再会していきます。
陰麗華との再会も感動的ではあるのですが、それ以上に感動的なシーンが用意されていました。劉秀にとって最も恩のある叔父劉良との再会です。
叔父上との再会は上巻から読んでいると感慨深くもなり目が潤んでしまいます。
ぶっちゃけここがこの作品のラストで、後の戦いはエピローグみたいなものです。
光武帝戦記としてはこの下巻は物足りないかもしれませんが、劉秀の旗揚げ前の若き頃を上巻丸ごと使って書いた『草原の風』という作品としては十分にフィナーレ足る下巻であったように思います。

それにしても終盤の鄧禹の負けっぷりの見事さw 馮異の活躍とは対照的です。あまり戦が上手くないとは話に聞いていたけど、ここまで見事な負けっぷりを見せるとはなあ。
光武帝の片腕といえば勝手に鄧禹だというイメージを持っていたんですが、この作品ではそこまで印象的ではありません。人材を見極め推挙するという立派な仕事をやってるのですが、こういった仕事を軍師的な存在として小説として印象強く書くのって難しいんだろうなあ。
割と劉秀の相棒的存在としては朱ユウの方が目立ってたように思えます。まあ彼も軍師といより、劉秀の突飛な行動や凄さにリアクションしたりツッコミを入れるような存在ではあったけどw

雲台二十八将の活躍はやっぱりもっと読みたかったので、できれば他の作品でやってくれる事に期待したいです。『重耳』の後の『沙中の回廊』のような感じで『草原の風』の続編的な作品が読みたいですね。
それが無理なら、せめて『春秋名臣列伝』『戦国名臣列伝』『楚漢名臣列伝』みたいな感じで光武帝配下の名臣列伝に期待。
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草原の風(中) 宮城谷昌光


草原の風(中) (中公文庫)草原の風(中) (中公文庫)
(2013/10/23)
宮城谷 昌光

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<あらすじ>
赤眉の乱が勃発、新帝国が崩壊していく。劉秀は緑林軍に参加し、新への反攻を始める。新軍を次々と倒し勢力を拡大する緑林軍、しかし緑林軍の前に100万と号する新の大軍が立ちはだかった。


後漢の創始者光武帝となる劉秀を描いた『草原の風』の中巻。
劉エンと劉秀の兄弟が緑林軍に参加し、時代と物語は大きく動き出します。兄弟の活躍や戦のシーンに紙面が割かれ、エンターテイメントとしてこの『草原の風』という作品の中で一番面白い巻かもしれません。

劉秀の名将ぶりがいかんなく発揮した事でも有名な“昆陽の戦い”が書かれているのがこの巻でもあります。
少数の兵で大軍を破る劉秀の大活躍ぶりが爽快です。楽毅といい士会といい、名将の活躍を書くのがやっぱ上手いな宮城谷さんは。

さて、昆陽の戦いの前に話はさかのぼりますが、緑林軍は劉玄を皇帝に立て、劉玄は更始帝となり、自分達は漢を継ぐものだと自称します。
昆陽の戦いの後、劉エンと劉秀達兄弟の名声が高まり、彼らが更始帝の輿望を越える事を恐れた、更始帝の側近によって、劉エンは暗殺されてしまいます。

ちょっとDQN気質だけど、男気と武勇があり、弟の劉秀を侮ったりしつつも時にはこの弟を認め、諭す劉エン兄上が個人的に好きでした。
なので、特にドラマティックにする事も無くあっさり劉エン兄上を死なせた事に個人的に不満があります。たまにあるよな、淡々と重要人物を殺す事が宮城谷作品には。
劉秀も兄の死を確かに悲しんではいるんだが、どうもその悲しみが自分にはあまり伝わってこない。それもそのはず、劉秀は兄の事をそんなに大事な存在だと思っている描写があまり無かったし、そもそも兄の事をどう思っていたかが自分はよくわからなかった。
この劉エンの死をもっと劇的に書き、劉秀の成長に繋げる事ができれば、この『草原の風』はもう一つランク上の作品にいけただろにと思うと、残念です。

さて、兄が粛清され、弟の劉秀にも危機が訪れます。しかし、劉秀はなんと兄の仇となった更始帝に服従する事で難を逃れます。耐え忍ぶ事こそ、まさに英雄の資質であり、これぞ宮城谷主人公ですな。

劉エンの死後、新は崩壊していき、王莽は漢によって討たれます。
これで新帝国は滅亡、更始帝による新しい漢によって世は平和になった…かという事はもちろん無く、戦乱と物語は続きます。

更始帝から北方の平定を命じられ、劉秀は北を向かう事に。
大樹将軍として有名な馮異といった新顔や懐かしの鄧禹といった人材を新たに部下にし、勢力を拡大化していく劉秀。
しかし、王郎という占師が自分は成帝の子の劉子輿と名乗り、冀州・幽州をまたたく間に制圧、劉秀は負われる身となってしまう。

この時の餓えや寒さを凌いでの放浪がまるで『重耳』を想起させます。
宮城谷作品のお約束とはいえ、これまでの宮城谷作品の主役となった偉人達の故事の引用が多く、また劉秀の放浪といい重ねる部分も多いので、この作品はこれまでの宮城谷作品の集大成のように思え、実際宮城谷さんもそういうつもりで『草原の風』を書いたのではないでしょうか。

草原の風(上) 宮城谷昌光


草原の風(上) (中公文庫)草原の風(上) (中公文庫)
(2013/09/21)
宮城谷 昌光

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<あらすじ>
高祖劉邦が建てた漢王朝は数代後、王莽により簒奪されて新という国が誕生した。しかし、王莽の統治も次第に綻びが出始め、新帝国は混乱していく。劉邦の子孫劉秀そんな時代を生き、成長し、ついに飛躍の時がやってくる。


漢の高祖劉邦から後200年、蜀漢の昭烈帝劉備からさかのぼる事200年、日本人にとっては時代の狭間のような時代、後漢建国の英雄光武帝劉秀の物語が今作『草原の風』です。
この先祖と子孫と比べて日本ではマイナーな光武帝をあの宮城谷さんが小説として書いたというわけです。

上巻は宮城谷さんのお決まり通り、劉秀がすぐに歴史の舞台に立つのではなく、歴史には書かれる事がなかった劉秀が表舞台に立つまでの物語が書かれています。
もっとも劉秀が長安(常安)に留学する事や陰麗華との結婚なんかはちゃんと歴史書にも書かれてますが。
わずかに歴史に残るエピソードを繋げて、劉秀が成長するまでの物語を作っていくってのは、まさに宮城谷さんの得意分野。『太公望』なんか下巻の後半以外、そんな感じだったもんなあ。

田野で働いていた劉秀は、長安(常安)へ留学し学問を修め、数々の友人や陰麗華という運命の人と出会い、劉秀は成長していく。
…といったものがおおまかなあらすじなんですが、この劉秀の成長物語を進行させつつ、簒奪者王莽が統治する新という国の情勢や時代背景を自然に説明していくのが上手い。
全然詳しくない自分でも、この時代についての知識がすーっと頭に入っていくし、新という国が崩壊していくまでの流れが自然に理解できるようになってます。

上巻は時代背景の説明と劉秀が後に英雄になるという説得力を持たすための成長、そして後の伏線に費やされています。戦乱の時代で劉秀と戦う事になるであろう人物や味方となる人物が出てきて、わーこいつが敵になるのか!お、こいつは知ってるぞ!って感じでワクワクするんですよね。
妻を娶らば~で有名な陰麗華。雲台二十八将として有名な鄧禹、朱ユウなどなど…。
はやく劉秀が中原で大暴れする時の話が読みたいぜ!ってワクワクしてきます。

上巻の終盤、有名な“赤眉の乱”が勃発。新帝国の各地で反乱が起こり、新の崩壊が始まります。
そして、兄劉エンとともに劉秀も挙兵の時が。しかし、劉秀にとって、この挙兵は決して晴々しいものではなかった。
母が死に、葬儀もする事もできない。悲しみを心に持った中で劉秀は武器を手にする事になる。
この時、劉秀、二十八歳。…まだまだ若いなあ。
そんな感じで中巻に続く事になります。


…ところで急に死んでしまった韓子はなんだったんだろう?この人の死は何か物語に意味がある事なんだろうか。ときたま、よくわからん登場人物が物語にたいして影響を与える事も無く登場して退場する事が宮城谷作品にはあるな。
『沙中の回廊』の士会のお嫁さんが周王室のお姫様である事って特に意味もなかったみたいな感じで。本当は意味を持たせるつもりだったけど、忘れてしまったのか、予定を変えたんだろうか。

奇貨居くべし 宮城谷昌光

奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)
(2002/02)
宮城谷 昌光

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中国の戦国時代末期、商人から大国秦の宰相にまで上り詰めた始皇帝の父と言われる呂不韋の人生を書いた作品。

他の宮城谷作品と違い、巻数が一とか上とかじゃなく春風篇といったタイトル分けになっているので少しややこしい。自分も最初どの巻が一巻なのか迷いました。まだ読んでいない人のために巻数順を書いておきます。

春風篇(1)→火雲篇(2)→黄河篇(3)→飛翔篇(4)→天命篇(5)

の全五巻なっております。

実を言うとこの『奇貨居くべし』という作品、実は宮城谷作品の中でも賛否が分かれる作品で、特に2ちゃんの宮城谷スレなんかじゃ否の方が多いという宮城谷作品の中でもあまり評価の高くない作品であります。
この作品に否定的な人の多くは主人公呂不韋を美化しすぎているという点で低評価を下している。他の宮城谷作品でも主人公の美化は顕著だが、特に呂不韋の場合、世間一般で知られている司馬遷の『史記』で描かれる姿とのギャップが大きいのが、そう言われる原因でしょう。
『史記』で描かれる呂不韋は権力欲旺盛で汚いことも平気でやるような男でとてもじゃないが清廉潔白な宮城谷版呂不韋と同一人物に見えないのだ。
宮城谷版呂不韋があまり受けいられなかったのは、今回の美化には無理がありすぎると捉えられたのだろう。

確かに、いくらなんでも美化されすぎと自分も思います。しかし、この『奇貨居くべし』を読んで『史記』で描かれる呂不韋像に疑問を抱いたのも事実。
あの淫婦とされた夏姫も、暴君とされた紂王も、それは違うんじゃないかなと異議を唱え新しい人物像を書いてきたように、擁護するとともに新しい呂不韋を宮城谷さんは書こうとしたのだと思う。

さて、宮城谷さんは何を目印に『奇貨居くべし』の呂不韋にたどり着いたのか。
呂不韋には始皇帝(秦王政)の父である子楚(荘襄王)を秦王にする以外に目立った事績といえば集めた食客たちに編纂させた『呂氏春秋』がある。

呂氏春秋 (講談社学術文庫 (1692))呂氏春秋 (講談社学術文庫 (1692))
(2005/01/08)
町田 三郎

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儒家・道家を中心としながらも名家・法家・墨家・農家・陰陽家など諸学派の説が幅広く採用された雑家の代表的書物で、まさに戦国時代諸子百家たちの集大成のような書物である。

直接編纂したのは食客たちであるが、その思想は呂不韋の思想も反映しているはずという考えで、『奇貨居くべし』と宮城谷版呂不韋を書いたのだと思われます。

つまり『奇貨居くべし』の呂不韋は思想家であり学者なのだ!

『奇貨居くべし』という物語の中で呂不韋はたくさんの人から学び、自分の哲学を作っていく。その中でも師匠であるかの有名な荀子の影響が一番大きかったように思う。
荀子は儒家の中でも、法家思想に通じるものがあり宰相范雎の統治下の秦を評価していた。しかし、儒家思想が足りてないと苦言をしている。法の力を評価しつつも、厳格な法だけでは国を治めることができないと思っていたのだろう。
そんな荀子の教えを忠実に守る呂不韋なのだから、法の権化といってもいい始皇帝と対立するのは必然だった。

上にある『呂氏春秋』を一通り読んだことがあるんですが、始皇帝の厳格な法治思想とは違った、どちかといえば徳治主義的な考えを説いてるような気がします。まさに始皇帝と真逆ですね。

『奇貨居くべし』では太后の不倫や嫪毐の事はあまり紙面を割かれずあっさりしている。何せ呂不韋、始皇帝たち二人の思想の違いによる対立が重要視されているのだから。


商人としてよりも呂不韋の思想家・学者という面にスポットライトを当てた希有な作品として自分は高く評価しています。
確かにこの作品の呂不韋は美化されすぎであるのだけど、歴史的な評価は低すぎるのではないか。
『奇貨居くべし』という作品も呂不韋という一人の人物ももう少し再評価されてもいいんじゃないかなと自分は思っています。

テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

香乱記(四) 宮城谷昌光

香乱記〈4〉 (新潮文庫)香乱記〈4〉 (新潮文庫)
(2006/04)
宮城谷 昌光

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<あらすじ>
秦帝国滅亡後、中華は楚の覇王項羽の下で治められることとなった。が、項羽の論功行賞とその政治に疑問を抱いた田栄が反旗を翻す。田栄の反乱が口火となり各地で反乱が勃発。反乱の鎮圧に奔走される項羽の隙をつき、僻地に追いやられた漢の劉邦も旧秦地に侵攻を開始、中華の人口を半減させたといわれる楚漢戦争がはじまった。


前巻で秦帝国が滅亡し、「項羽と劉邦」のメインと言ってよい楚漢戦争が始まります。個人的に楚と漢の戦いより、前半の秦対諸侯連合軍の方が好きなんだけどなあ。三国志でも対董卓連合軍のあたりの方が三国鼎立の時代より面白いと思う。
項羽は自分がトップとなるのに邪魔な義帝を殺し、自分に都合の良い者、つき従った者を優遇し領土を与えます。そのため斉、燕、趙などでは元いた王の領土が僻地に追いやられ、項羽から派遣された王が主要地を治めることに。他にも劉邦を僻地に追いやり韓の王を殺害するなどやりたい放題。諸侯の間で項羽に対する不満が高まります。
この項羽のやり方に異を唱え、最初に戦いを挑んだのは斉の田栄でした。斉は趙王を奉戴する陳余と同盟を組み、盗賊である彭越に反乱を起こさせ、楚に対する反攻を開始する。最初に項羽に背いたことも重要だけど、この反乱がきっかけで劉邦が東進するためのきっかけを作ったことを考えると、斉と田栄次兄のやったことって歴史的なターニングポイントだよなあ。

田栄が歴史的に重要視されていない理由はあっさり歴史の舞台から消えてしまったことだろうか。が、この物語と田横にとってはとても存在の大きい人物でした。時代を超えて飛び抜けた兵法家の一人である項羽と田栄とではあまりにも格が違いすぎた。項羽の疾風怒濤の攻撃を受け、田栄率いる斉軍は惨敗。田栄は逃げたが、命欲しさに友人を売り渡すような不義の人間によって殺されてしまう。斉は楚軍に蹂躙され、滅亡寸前にまで陥る。が、斉にはまだ田横がいた。同盟のため趙に滞在していたので田横は無事だったのだ。兄の理想を受け継ぎ、斉の民を守るため田横は項羽に果敢に戦いを挑む。
この田横対項羽がこの作品で最も盛り上がるとこであり、田横の才が一番発揮されたところでしょう。

戦いは決着がつかず、ついに楚軍は退却。楚の首都彭城が劉邦に奪われたという情報が項羽の下に入り、城を漢軍が奪回するため項羽は斉を去ります。正確には勝ったというより負けなかったに近いが、田横は項羽に勝った数少ない名将と言えるのかもしれない。

なんとか難を逃れた斉は田栄の息子田広を王に立て、田横を宰相に国の復興作業に着手する。田横はここでも、その才を発揮して、国を建て直します。

斉は中立を貫いていたが、その間にも楚・漢やその他の諸侯は戦いを続け、戦況は漢が優勢となっていた。漢が躍進したのは項羽と並び中華の歴史にその人ありと名を残す漢の名将韓信によるものである。韓信は魏・趙を滅ぼし、韓信の軍は斉に近づきつつあった。
情勢は斉にとって中立なんて理想を貫ける状況では無くなりつつありました。


※ここから続きはネタバレがあります

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テーマ : 歴史小説
ジャンル : 小説・文学

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