奇貨居くべし 宮城谷昌光

奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)奇貨居くべし―春風篇 (中公文庫)
(2002/02)
宮城谷 昌光

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中国の戦国時代末期、商人から大国秦の宰相にまで上り詰めた始皇帝の父と言われる呂不韋の人生を書いた作品。

他の宮城谷作品と違い、巻数が一とか上とかじゃなく春風篇といったタイトル分けになっているので少しややこしい。自分も最初どの巻が一巻なのか迷いました。まだ読んでいない人のために巻数順を書いておきます。

春風篇(1)→火雲篇(2)→黄河篇(3)→飛翔篇(4)→天命篇(5)

の全五巻なっております。

実を言うとこの『奇貨居くべし』という作品、実は宮城谷作品の中でも賛否が分かれる作品で、特に2ちゃんの宮城谷スレなんかじゃ否の方が多いという宮城谷作品の中でもあまり評価の高くない作品であります。
この作品に否定的な人の多くは主人公呂不韋を美化しすぎているという点で低評価を下している。他の宮城谷作品でも主人公の美化は顕著だが、特に呂不韋の場合、世間一般で知られている司馬遷の『史記』で描かれる姿とのギャップが大きいのが、そう言われる原因でしょう。
『史記』で描かれる呂不韋は権力欲旺盛で汚いことも平気でやるような男でとてもじゃないが清廉潔白な宮城谷版呂不韋と同一人物に見えないのだ。
宮城谷版呂不韋があまり受けいられなかったのは、今回の美化には無理がありすぎると捉えられたのだろう。

確かに、いくらなんでも美化されすぎと自分も思います。しかし、この『奇貨居くべし』を読んで『史記』で描かれる呂不韋像に疑問を抱いたのも事実。
あの淫婦とされた夏姫も、暴君とされた紂王も、それは違うんじゃないかなと異議を唱え新しい人物像を書いてきたように、擁護するとともに新しい呂不韋を宮城谷さんは書こうとしたのだと思う。

さて、宮城谷さんは何を目印に『奇貨居くべし』の呂不韋にたどり着いたのか。
呂不韋には始皇帝(秦王政)の父である子楚(荘襄王)を秦王にする以外に目立った事績といえば集めた食客たちに編纂させた『呂氏春秋』がある。

呂氏春秋 (講談社学術文庫 (1692))呂氏春秋 (講談社学術文庫 (1692))
(2005/01/08)
町田 三郎

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儒家・道家を中心としながらも名家・法家・墨家・農家・陰陽家など諸学派の説が幅広く採用された雑家の代表的書物で、まさに戦国時代諸子百家たちの集大成のような書物である。

直接編纂したのは食客たちであるが、その思想は呂不韋の思想も反映しているはずという考えで、『奇貨居くべし』と宮城谷版呂不韋を書いたのだと思われます。

つまり『奇貨居くべし』の呂不韋は思想家であり学者なのだ!

『奇貨居くべし』という物語の中で呂不韋はたくさんの人から学び、自分の哲学を作っていく。その中でも師匠であるかの有名な荀子の影響が一番大きかったように思う。
荀子は儒家の中でも、法家思想に通じるものがあり宰相范雎の統治下の秦を評価していた。しかし、儒家思想が足りてないと苦言をしている。法の力を評価しつつも、厳格な法だけでは国を治めることができないと思っていたのだろう。
そんな荀子の教えを忠実に守る呂不韋なのだから、法の権化といってもいい始皇帝と対立するのは必然だった。

上にある『呂氏春秋』を一通り読んだことがあるんですが、始皇帝の厳格な法治思想とは違った、どちかといえば徳治主義的な考えを説いてるような気がします。まさに始皇帝と真逆ですね。

『奇貨居くべし』では太后の不倫や嫪毐の事はあまり紙面を割かれずあっさりしている。何せ呂不韋、始皇帝たち二人の思想の違いによる対立が重要視されているのだから。


商人としてよりも呂不韋の思想家・学者という面にスポットライトを当てた希有な作品として自分は高く評価しています。
確かにこの作品の呂不韋は美化されすぎであるのだけど、歴史的な評価は低すぎるのではないか。
『奇貨居くべし』という作品も呂不韋という一人の人物ももう少し再評価されてもいいんじゃないかなと自分は思っています。
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テーマ : 読書
ジャンル : 小説・文学

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No title

晏嬰がいいよん。

Re: No title

> 晏嬰がいいよん。

確かに宮城谷作品で晏子は良い作品ですね
晏弱、晏嬰ともに、素晴らしい人物だと思います
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Author:劣化
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